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東京地方裁判所 平成3年(ワ)1388号 判決 1992年10月09日

原告

上原美恵子

被告

親和交通株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金二二一万二五七〇円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は、原告に対し、金二二七九万八四一〇円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、自転車で道路を横断中に普通乗用自動車に衝突されて受傷した被害者が、加害車両の運行供用者である被告に対して、自賠法三条に基づき、右事故による損害の賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

事故の日時 昭和六三年二月二〇日午前一〇時四〇分ころ

場所 東京都港区芝公園四丁目六番先路上

加害者 訴外辻岡司郎

加害車両 被告所有の普通乗用自動車(練馬五五き一二二七)

被害者 原告(昭和六年七月一五日生)

事故の態様 原告が自転車に乗つて道路を横断中、右方から進行してきた辻岡司郎が運転する加害車両(タクシー)に衝突されて転倒し、受傷したもの。

2  責任原因

被告は、加害車両を所有しこれを自己のために運行の用に供していたものであり、自賠法三条により、原告が本件事故で被つた損害を賠償する責任がある。

二  本件の争点

損害額及び過失相殺

第三争点に対する判断

一  原告の傷害と入通院状況及び後遺障害の内容

関係証拠(甲二号証ないし九号証、一四号証及び原告本人尋問の結果)によれば、以下の事実が明らかに認められる。

1  原告は、本件事故の結果、頭部外傷・骨盤骨折・右股関節脱臼骨折・左腓骨下端骨折・右第一趾骨折・両下肢打撲挫傷の傷害を負い、以下のとおり入通院して治療を受けた。

(一) 入院(通算二三五日)

山口病院 昭和六三年二月二〇日から同年三月九日

東京都済生会中央病院 同年三月一〇日から同年七月一四日

同年九月二四日から同年一二月二一日

(二) 通院(実日数六七日)

東京都済生会中央病院 昭和六三年七月一五日から同年九月二三日

同年一二月二二日から平成二年一月二四日

東京慈恵会医科大学附属病院 平成元年一二月二日から平成二年八月三一日

2  原告は、右の入院中に股関節の人工骨頭置換手術を受けるなどしたが、股関節の機能は十分には回復せず、右下肢は一・五センチメートル短縮し、杖を用いてゆつくりと短時間歩行できるにすぎないといつた歩行困難や股関節部の疼痛(運動痛や荷重痛)を残した状態で、平成二年八月三一日症状固定となつた。

そして、右の後遺障害については、自賠責保険の手続きの関係で、骨盤骨折及び右大腿骨骨頭部骨折に伴う人工関節置換の右股関節用廃(右下肢短縮障害及び右股関節部痛の神経症状を含む)に対し八級七号、右の外傷に伴う骨盤部変形障害に対し一二級五号、以上を総合して併合七級の認定を受けている。

二  損害額について

1  治療費(当事者間に争いがない) 金五万六七四〇円

2  付添看護費等(右同) 金一四万六三二五円

3  入院雑費 金二八万二〇〇〇円

(原告主張の額 金二八万二〇〇〇円)

原告は、本件事故による傷害の治療のため、前示のとおり通算二三五日間にわたつて入院したが、その間、一日あたり少なくとも金一二〇〇円の入院雑費を要したものと推認され、その合計額は、金二八万二〇〇〇円と認められる。

一二〇〇円×二三五日=二八万二〇〇〇円

4  休業損害 金六四一万七二五二円

(原告主張の額 金六七二万四〇五五円)

関係証拠(甲一〇号証、一一号証、証人吉住悦子の証言及び原告本人尋問の結果)によれば、原告は、本件事故当時、複数のビル清掃会社に所属してビルの清掃の仕事に従事するかたわら飲食店でも稼働していたもので、事故前三か月間の平均日収は、その一つの勤務先である朝日管理株式会社の関係だけでも金四四七三円九一銭(年収に換算すると金一六三万二九七七円)であるが、他の勤務先からの収入も併せると、年収としては、少なくとも昭和六三年度賃金センサスの女子労働者(学歴計・年齢計)の金二五三万七七〇〇円を得ていたものと推認される。

そして、原告は、本件事故により、事故の翌日である昭和六三年二月二一日から症状固定時の平成二年八月三一日までの九二三日間にわたつてまつたく就労できなかつたものであることが認められるのであるから、その間の休業損害は、金六四一万七二五二円と算定される。

二五三万七七〇〇円÷三六五日×九二三日=六四一万七二五二円

なお、原告は、日額金七二八五円の収入を得ていたと主張し、証人吉住悦子の証言及び原告本人尋問の結果によつてこれを立証しようとするが、右主張を裏付け得る書証は吉住が作成したメモ(甲一一号証)のみであつて、他に客観的な裏付資料もないことから、右に認定した以上の収入を認めることはできない。

5  後遺障害による逸失利益 金一三三六万一一〇四円

(原告主張の額 金一四五一万八五九六円)

原告の後遺障害の内容は、先に認定したとおりであつて、その程度は、自賠法施行令二条別表後遺障害等級表の七級に相当するものと判断される。

そして、これに右に認定した原告の稼働状況のほか、原告は本件事故当時五六歳(症状固定時五九歳)の独身女性であつて、本件事故により従前の掃除婦の職に復帰することが不可能となつたばかりか、今後他に職を得ることも困難な状況に立ち至つていることなどの事情を考慮すると、原告の症状固定後の逸失利益は、算定の基礎となる年収額を平成二年度賃金センサスの女子労働者(学歴計・年齢計)の金二八〇万〇三〇〇円とし、就労可能期間については、五九歳から平均余命の半分の一二年間にわたつて就労し得たものとし、その労働能力喪失率を前示の等級表七級に相応する五六パーセントとして、ライプニッツ係数(事故時から就労終期までの一五年間の係数一〇・三七九六から、事故時から症状固定時までの二年間の係数一・八五九四を差し引いた八・五二〇二)により中間利息を控除してこれを算出すると、金一三三六万一一〇四円となる。

二八〇万〇三〇〇円×〇・五六×八・五二〇二=一三三六万一一〇四円

なお、原告は、掃除婦の賃金が総体的に上昇しているとして、算定の基礎となる年収額を金二九二万五一三六円と主張し、証人吉住悦子の証言及び同人の収入明細(甲一七号証及び一八号証の各一ないし四)によつてこれを立証しようとするが、右の証拠をもつてしても、原告自身についても吉住と同様に収入増があつて右主張の年収を得られたものとまでは認めることができない。

6  慰藉料 金一一〇〇万〇〇〇〇円

(原告主張の額 金一二〇〇万〇〇〇〇円)

前示の原告の傷害・入通院状況・後遺障害の内容や程度、原告の年齢・生活状況などの諸般の事情を総合勘案すると、本件事故で被つた原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては、金一一〇〇万円(入通院慰藉料として金三〇〇万円、後遺障害慰藉料として金八〇〇万円)が相当であると判断される。

7  以上の1ないし6の損害額の合計は、金三一二六万三四二一円となる。

三  過失相殺

被告は、「原告は、歩行者の横断が禁止された幹線道路である国道一号線で、右方から進行してくる車両の間をぬつて横断し本件被害にあつたもので、原告の過失は七割を下らない」として過失相殺の主張をするので、以下に判断する。

1  関係証拠(甲一号証、一二号証、一三号証、一五号証の一ないし三、乙四号証の一ないし一七、証人辻岡司郎・同吉住悦子の各証言及び原告本人尋問の結果)によれば、以下の事実が明らかに認められる。

(一) 本件事故現場は、歩車道が区別され中央分離帯によつて対向する車線(片側三車線づつ)が分離された幅員およそ三〇メートル近い国道一号線で、制限速度は時速五〇キロメートルであり、原告が横断しようとしたところの加害車両の進路の道路は、やや右にカーブしているが見通しは良く(原告側からの加害車両側に対する見通しも良い)、前方に交差点があつて右折車線が設けられていることから衝突地点付近から四車線になつており、付近には歩行者横断禁止の標識が設置されていたこと

(二) 原告は、事故当日、勤務を終えて自転車に乗つて帰宅する途中、土曜日の午前中で交通量が少なかつたこともあつて、現場から数十メートルの距離にある信号機が設置された交差点を利用せず、歩道から中央分離帯の切れ目を通り車道を横切つて対面側の歩道に渡ろうとして、一台の通行車両をやり過ごしたのち、加害車両が右方から進行してくるのを認めたものの、相当距離があるため衝突の危険はないものと考え、自転車に乗つてほぼ直角に横断を開始したこと(なお、原告は、歩行者横断禁止の標識の存在を知らなかつたとする)

(三) 一方、加害車両は時速約六〇キロメートルで第二ないし第三車線を進行してきたが、運転者の辻岡は、前方を左方から右方に向かつて自転車で横断中の原告を第二車線上付近(歩道端からおよそ七メートル余りの地点)に約一四・二メートルに接近して発見し、急ブレーキをかけるとともに右にハンドルを切つたが及ばず、第三車線から第四車線にかかるあたりで衝突したこと

2  右の事実関係によると、加害車両の運転者である辻岡においては、見通しの良い進路上で、自車前方に進出してきた原告の自転車をわずか一四メートルの至近距離に接近するまで発見し得なかつたというのであるから、進路の前方左右に対する注視が不十分であつたことが明らかであり、速度超過の点も併せてその過失は大であるが、一方、原告においては、付近に信号機の設置された交差点があるのにこれを利用せず、幹線道路である国道を、加害車両が進行してくるのを認識しながら敢えて横断したものであつて、これを加害車両側の過失などとも対比しつつ勘案すると、本件事故の発生に寄与した原告の過失は五割と評価され、この分が過失相殺として被告の賠償すべき損害額から控除されるべきである。

四  損害の填補

1  本件事故による原告の被害に対して、以下のとおりの各支払いがなされていることは、当事者間に争いがない。

(一) 被告からの支払い

(1) 治療費 金五万六七四〇円

(2) 付添看護費等 金一四万六三二五円

(二) 自賠責保険からの支払い 金九四九万〇〇〇〇円

(三) 労働者災害補償保険からの給付

(1) 休業補償 金二一六万〇八七七円

(2) 特別支給金 金六五万〇〇〇〇円

(3) 特別一時金 金一三万九八三四円

(四) 障害厚生年金の給付 金一〇七万五三六四円

2  原告は、右の各支払いのうち、(三)の(2)及び(3)の特別支給金と特別一時金については損害の填補にあたらない旨主張するが、これらの給付金は、本来的な保険給付ではないものの、その支給の目的・機能・効果などからして、損害の填補としての性格を有するものであると解されるから、これらも損害の填補として計上すべきである。

したがつて、右の(一)ないし(四)の各項目の金額を合計した金一三七一万九一四〇円が本件損害についての填補額となる。

五  弁護士費用 金三〇万〇〇〇〇円

(原告主張の額 金二〇〇万〇〇〇〇円)

本件の事案の内容、審理経過、認容額等に鑑みて、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金三〇万円が相当である。

六  結論

以上の次第で、原告の損害額は金三一二六万三四二一円で、これに過失相殺により五割を控除すると金一五六三万一七一〇円となり、そこから損害填補分として金一三七一万九一四〇円を差し引いた金一九一万二五七〇円に弁護士費用金三〇万円を加えると、金二二一万二五七〇円となる。

そして、被告は、原告に対し、右の金額について本件事故の当日である昭和六三年二月二〇日から年五分の遅延損害金を付加して支払うべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 嶋原文雄)

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